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『ラブライブ!』をもう一度見たくなるブログ

いわゆる”ラブライバー”になって3年の筆者が『ラブライブ!』のアニメについて思うところを自由に綴るブログです

スクールアイドルを選んだアイドル

じめに

 十人の人間がいれば十通りの考え方があるように、アニメを視聴した時の感じ方も多岐にわたる。

 こちらをお読みいただいている皆さんは、アニメを見る時にどんな事を考えているだろうか。「お前、アニメなんて考えて見るものじゃないでしょ。Don't think! Feel.だよ。心で感じるべきだ」と仰る方もいるかもしれない。実際、筆者も普段は同じように思っている。

 

 しかし、冒頭で述べたように、十人の人間が居れば、そこには十通りの考え方がある。だからこそ、オタクは自らが心に感じたその思いを何とか形に変えて、語り合うべきなのである。何故ならそこにはきっと、自分には無かった新たな視点や発見、そして感動が、必ずあるハズだから。

 

 これから語るのは、筆者が『ラブライブ!』シリーズを視聴して感じた『矢澤にこ』の魅力を整理したものだ。少し長くなってしまうが、お付き合いいただければ幸いである。

 

 願わくば、この文章を読んで下さった方に、新たな発見や感動がありますように。

 

澤にこの魅力

 ニコ(公式名称は『矢澤にこ』だが、文章内では読み易さのためニコで表記)の魅力を一言で言い表すとするならば、それは“芯の強さ”になるだろう。彼女には“一度決めたことを簡単には譲らない”という信念を感じることが出来る。

 

 では、彼女の“芯の強さ”を、劇場版の1シーンから具体的に追いかけていこう。

 

たちは決めたんじゃない。9人、みんなで話し合って! あの時の決心を、簡単には変えられない

 標題は、『ラブライブ! The School Idol Movie』(以下、劇場版と表記)で、ことりの母親である音ノ木坂学院の理事長に、アキバドームでの“ラブライブ!”(この場合、スクールアイドルの大会を指す)大会実現のため、μ'sの存続を依頼された次のシーンで、それに反対するニコの台詞である。劇場版を見た方の多くが、一度決めたことを簡単には覆さない“芯の強さ”を、このシーンのニコに感じたのではないだろうか。

 

 しかし筆者は、このシーンにおいてニコが、μ’sの存続に反対したことに疑問を抱いた。それは、“理事長の提案が2期11話で決めたμ’sの解散理由を前提から覆している”という点が、どうしても引っ掛かったからである。

 

 まずはその点について、掘り下げていこう。

 

穂乃果「やっぱりこの9人なんだよ。この9人がμ'sなんだよ」

海未「誰かが抜けて、誰かが入って。それが普通なのは分かっています」

真姫「でも、私たちはそうじゃない」

花陽「μ'sはこの9人」

凛「誰かが欠けるなんて考えられない」

ことり「1人でも欠けたら、μ'sじゃないの」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 11話「私たちが決めたと」

 

 

 

 上記の台詞を見れば分かるが、『ラブライブ! 2nd Season』(以下、2期と表記)11話で、穂乃果たちは“μ'sはこの9人であってこそ”だから“3年生の卒業をもって解散する”ことを、9人で決めた。

 

 一方で、劇場版での理事長の提案は、「3年生が卒業し、スクールアイドルを続けるのが難しいのであれば、別の形でも構わない」というもの。つまり、あの時点で穂乃果たちに迫られた選択肢は、以下の2つである。

 

 ① 3年生が卒業して、スクールアイドルではなくなっても、9人でμ'sとして活動を続ける

 ② 3年生の卒業をもって、スクールアイドルでなくなると同時に、μ'sを解散する

 

 ただ、先述したとおり、この2択はμ’sの解散理由を前提から覆してしまっている。なぜなら、“μ’sは今の9人であるべきか”から“μ’sはスクールアイドルであるべきか”へ、問題の焦点が移り変わってしまっているからだ。

 

 “今の9人ではなくなるからμ'sを解散する”つもりだったのに、そこに“スクールアイドルでなくても構わないから、9人でμ'sを続けて欲しい”という提案を受ければ、穂乃果たちが解散を迷うのも無理はない。事実、理事長からの提案に、穂乃果たちは当時の決意を揺るがせる。

 

 彼女たちは結局、しばらく考えたのち、「スクールアイドルであることにこだわ」るために、最後にはμ'sの解散を選んだ。

 

 ここで、標題に戻りたい。解散を迷った穂乃果たちとは違い、ニコはμ’sの存続に対して、すぐに反対の姿勢を示した。これは、ニコの頭の中には最初から“μ'sはスクールアイドルであるべきだ”という考え方があったことを意味する。

 

 2期11話において、「メンバーの卒業や脱退があっても、名前は変えずに続けていく。それがアイドル」だと力強く語り、最後までμ'sの解散に難色を示した彼女が、なぜ劇場版ではμ'sの解散をいち早く訴えたのか。

 

 本人が言うとおり「あの時の決心を簡単には変えられない」からでしょ、と言われてしまえばそれまでだ。しかし、『ラブライブ! 1st Season』(以下、1期と表記)から“アイドルであること”に徹底してこだわってきたニコが、劇場版ではあっさりとアイドルであることを放棄した点に、筆者はどうしても違和感を覚えてしまうのだ。果たして、皆さんはどうだろうか?

 

 この違和感を解消した時、私たちはニコの“本当の芯の強さ”を、初めて理解できるのである。

 

 それでは、ニコが“アイドルとしてμ’sを続けること”を否定し“スクールアイドルとしてμ'sを解散すること”を選んだ理由を、解き明かしていこう。そのためにはまず、“アイドル”と“スクールアイドル”の違いを明らかにしなければならない。

 

イドルとは

 アイドルとはいったいどういう存在であるのか。ニコの台詞をアニメ本編から抽出し、大まかにまとめてみよう。関連する台詞の全てを抜粋すると数が多過ぎるため、重要な部分のみを取り上げていく。

 

にこ「あんたたち、ちゃんとキャラ作りしてるの?」

にこ「お客さんがアイドルに求めるものは、楽しい夢のような時間でしょ?」

にこ「アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない! 笑顔にさせる仕事なの!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 5話「にこ襲来」

 

 

 

にこ「にこはアイドルが大好きなの! みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって。そういう気持ちにさせることができるアイドルが、私は大好きなの!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 12話「ともだち」

 

 

 

にこ「メンバーの卒業や脱退があっても、名前は変えずに続けていく。それがアイドルよ」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 11話「私たちが決めたこと」

 

 

 

 これらの台詞を簡潔にまとめるならば、“アイドルとは常にファンのためにある”といったところではないだろうか。4点目の「メンバーの卒業や脱退があっても、名前は変えずに続けていく」という台詞だけは、少し毛色が違うように思えるかも知れないので、以下に補足しておく。

 

 劇場版の終盤で海外から帰ってきた穂乃果が、ツバサに呼び出されるシーン。μ’sの解散を迷う穂乃果に対して、ツバサは自身も穂乃果の気持ちが分かるとしながら、A-RISEが今後はプロとして活動していくつもりであることを語る。更に、「でもね、やっぱりなくなるのはさみしいの」と穂乃果に続ける。この台詞からは、2つの意味が取れるだろう。1つは、A-RISEが仮に解散するとした時の、彼女たちのファンを代弁する気持ち。そしてもう1つは、解散を選ぼうとしているμ'sに対する、ツバサという“いちファン”の気持ち。

 

 ここから窺えるのは、アイドルグループの解散が、やはりファンにとっては容易には受け容れ難いものであるということ。ファン目線に立つとすれば、アイドルグル―プの存続に関する問題は、当人たちの都合だけで決めて良いものではなく、ファンの感情まで考慮しなければいけないものなのである。

 

 つまり、この項で最も伝えたいことは、“アイドルにとってファンの存在は絶対である”という点だ。

 

TIPS:ファンの存在の絶対視 *1

 

 

 

クールアイドルとは

 次は、スクールアイドルがどういう存在なのかを、穂乃果たちの台詞をアニメ本編から抽出し、大まかにまとめてみよう。

 

絵里「これ以上続けても、意味があるとは思えないけど」
穂乃果「やりたいからです!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 3話「ファーストライブ」

 

 

ことり「プロのアイドルなら、私たちはすぐに失格! でも、スクールアイドルなら、やりたいって気持ちを持って、自分たちの目標を持って、やってみることはできる!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 4話「まきりんぱな」

 

 

 

希「やってみればいいやん。特に理由なんか必要ない! やりたいからやってみる。本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 8話「やりたいことは」

 

 

 

穂乃果「学校のためとか、”ラブライブ!”のためとかじゃなく。私、好きなの、歌うのが!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 13話「μ’s ミュージックスタート!」

 

 

雪穂「私たちはμ’sに負けないくらい楽しいスクールアイドルを目指そうって!」
亜里沙「だから、μ’sはいつも楽しくいて欲しいです」

 出典:『ラブライブ! The School Idol Movie

 

 

穂乃果「絶対に届かないと思っていたものに手が届いた。それは、偶然そうなったんじゃない。思いきり夢中になれたから! そして、最高に楽しかったから!」

 出典:『ラブライブ! The School Idol Movie

 

 

 もうお分かりだと思うが、スクールアイドルのポイントは「やりたい」と「楽しい」である。ことりの台詞にもあるとおり、スクールアイドルは決してプロではない。アマチュアのスクールアイドルだからこそ、“「やりたい」からやる”“「楽しい」から続ける”というシンプルな理屈が通るのだ。

 

 それは、1期3話の講堂で、観客が誰もいないにも関わらず、穂乃果たちがライブを決行したことからも分かる。『START:DASH!!』を歌う穂乃果たちの胸の内にあったのは、“廃校を阻止したい”という気持ちでも、“誰かの期待に応えたい”という気持ちでもなかったはずだ。穂乃果たちは、「歌うのが」好きで「最高に楽し」いから、ライブを「やりた」かった。そこに他者の存在はなく、あるのは自分の存在だけである。

 

 廃校阻止という外的要因でアイドルを始めた穂乃果たちは、「やりたい」という内的衝動に突き動かされ、『:D(リピート記号)』が示すとおり、あのライブで改めて“スクールアイドル”としての再出発を果たした。

 

 つまり、“スクールアイドルとは自分のためにあるもの”なのだ。

 

μ’sがスクールアイドルでなければならない理由

 前の2つの項を簡潔にまとめれば、以下のとおりとなる。

 

 ① アイドルとは“他人本位”の活動

 ② スクールアイドルとは“自己本位”の活動

 

 ここまでくれば、9人で活動を続けられる状況が整っているにも関わらず、穂乃果たちが「スクールアイドルであることにこだわ」るために、μ'sの解散という結論に辿り着いたことも頷ける。

 

理事長「みんな、μ'sには続けて欲しいと思っている」

 

穂乃果「みんな喜んでくれるのかな? μ'sが続いたほうが……」

 

穂乃果「でも、今は、凄いたくさんの人たちが私たちを待っていて、“ラブライブ!”に力を貸せるほどにまでなって! 応援してくれる人がいて、歌を聴きたいと言ってくれる人がいて、期待に応えたい! ずっと、そうしてきたから……」

 出典:『ラブライブ! The School Idol Movie

 

 

 

 理事長からの提案を受けた穂乃果は、ファン(他者)の存在を強く意識し始める。

 

 しかし、これまで論じてきたように、「やりたい」という自発的な意思こそが、スクールアイドルの本質だ。誰も居ない講堂でのライブ、「得意なものは何もない」けど「アイドルへの思いは誰にも負けないつもり」だからとμ'sへ加入した花陽、「特に理由なんて」なく「やりたいからやってみ」た絵里。μ’sは、“自己本位”のスクールアイドルだからこそ、今のメンバーで集まることが出来たのだ。

 

 にも関わらず、“アキバドームでの大会実現のため”“ファンの期待に応えるため”という、他者による強制が活動の根拠となり、「やりたい」が“やらされている”状態に陥れば、それは少なくとも“スクールアイドルグループ『μ’s』“の本質からは、かけ離れたものとなってしまう。

 

 そして、穂乃果たちは、その点を誰よりも理解していたからこそ、他者のために“アイドル”としてμ'sを続けるのではなく、自分たちのための“スクールアイドル”として、μ'sを解散することを選んだのである。

 

こにとってのμ’s

 少し遠回りしてしまったが、ここから核心に迫っていく。“2期11話ではμ'sの解散に最後まで難色を示したニコが、なぜ劇場版ではいち早くμ'sの解散を訴えたのか”、言い換えれば、なぜ“μ'sはスクールアイドルであるべきだ”と考えたのか。

 

 そもそも、ニコは劇中において幾度となく自身のアイドル論を熱く語り、そして本人も徹底して“アイドル”であろうとしてきた。彼女があくまで“アイドル”を貫こうとするのであれば、アキバドームでの大会実現のため、そしてμ’sの活動を期待するファンの気持ちに応えるため、存続を決断するのが自然ではないだろうか。

 

 結論から先に言ってしまえば、この疑問に対する答えは、“2期11話で穂乃果たちがμ'sの解散を選択した時、ニコは≪『μ's』と『μ'sに属する矢澤にこ』がスクールアイドルであること≫を同時に選択していたから”である。

 

 これを説明するためには、ニコのμ'sに対する思いの変遷を、1期から追いかけていく必要がある。まずは、1期12話で失意の中にある穂乃果が、スクールアイドルを辞めると宣言したシーンから見ていこう。

 

にこ「にこはね! あんたが本気だと思ったから! 本気でアイドルやりたいんだ、って思ったから! μ’sに入ったのよ!」

にこ「それを……、こんなことくらいで諦めるの? こんなことくらいでやる気をなくすの!?」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 12話「ともだち」

 

 

 

 「こんなこと」とは、いわずもがな、ことりがμ'sを脱退する件である。ここでハッキリしたのは、1期5話の加入から7話を経てもまだ、ニコと他のメンバーの間には、大きな考え方の隔りがあるということだ。

 

真姫「今のままで続けても、意味があるとは思えないわ。μ’sは穂乃果がいなければ、解散したようなもんでしょう?」

穂乃果「私ね、ここでファーストライブやって、ことりちゃんと海未ちゃんと歌った時に思った。もっと歌いたいって、スクールアイドルやっていたいって」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 13話「μ’s ミュージックスタート!」

 

 

 

 上記の台詞から、穂乃果たちが「やりたい」「楽しい」と感じるスクールアイドルの活動には、仲間の存在が必須であったことが分かる。逆に言えば、仲間の存在があったからこそ、穂乃果たちはスクールアイドルを「楽しい」と感じ、「やりたい」と思えたのだ。

 

 つまり、正にニコが言った「こんなこと」のために、穂乃果たちはスクールアイドルをやっていたのである。

 

 そうした考え方の違いは、μ’sが実質的な解散に追い込また状況でのニコの行動に、明確に表れる。

 

にこ「あんたたちはどうするつもり?」

花陽「どうするって……」

にこ「アイドルよ! 決まってるでしょう? 続けるつもりはないの?」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 13話「μ’s ミュージックスタート!」

 

 

 

 μ'sの活動休止を受けて、それでも花陽と凛を誘い、スクールアイドルを続けようとするニコ。

 

 穂乃果にとって、ことりが居なければμ'sを続ける意味がない。真姫にとって、穂乃果がいなければμ’sは解散したようなもの。穂乃果たちにとって、あの9人が一緒でないのであれば、スクールアイドルは続ける意味がないものだったのである。

 

 それは裏を返すと、活動休止になってもスクールアイドルを続けたニコにとっては、μ'sという存在が、あくまで彼女が“アイドルであるための手段”であり、そして、一度は挫折したアイドルを再び始めるキッカケのひとつに過ぎなかった、と捉えることは出来ないだろうか。

 

 断っておきたいのは、今の話をもって、ニコが冷酷であるとか非情であるとか、そういった類の話をしたい訳ではないということ。

 

 ここで強調しておきたいのは、ただ一つ。μ'sの活動休止という、メンバーの誰もが足を止めてしまうような状況にあっても、ニコだけは自らの“アイドル”観に従い、アイドル活動を続けようともがき、“アイドル”であることを貫こうとしている点。それこそが、彼女の“芯の強さ”を如実に表しているということである。

 

宙No.1ユニットμ’sと一緒に

 しかし、μ’sの解散騒動に触れてもブレることの無かったニコの徹底したアイドル姿勢が、揺らぐ瞬間がやってくる。

 

こころ「スーパーアイドル矢澤にこの、バックダンサー! μ’s!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 4話「宇宙No.1アイドル」

 

 

 

 お分かりだろう。もちろん、2期4話である。

 

希「にこっち以外の子がね。アイドルとしての目標が高過ぎたんやろうね。ついていけないって、一人やめ、二人やめて」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 5話「にこ襲来」

 

 

 

 高過ぎる目標に加え、内だけではなく、外にすら徹底したアイドル意識を求めてしまうニコ。メンバーの脱退、更に観客の居ないステージは、ニコをアイドルから挫折させるには十分過ぎた。なぜなら、アイドルを続ける理由である“ファンの存在そのもの”が、ニコの前から消失してしまったからである。

 

 ただ、そこには例外があった。ニコの妹たちの存在だ。

 

希「にこっちが1年の時、スクールアイドルやってたって話は、前にしたやろ? きっとその時、妹さんたちに話したんやないかな。アイドルになったって。けど、ダメになった時、ダメになったとは言い出せなかった。にこっちが1年の時から、あの家ではずっと、スーパーアイドルのまま」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 4話「宇宙No.1アイドル」

 

 

 

 ニコがスクールアイドルを挫折した後も、そのことを知らない彼女の妹たちだけは、“スーパーアイドル『矢澤にこ』”のファンで在り続けた。

 

にこ「実はね、スーパーアイドル『にこ』は今日でおしまいなの」
こころ「アイドル、やめちゃうの?」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 4話「宇宙No.1アイドル」

 

 

 

 上記のシーンで、アイドルを「おしまい」と告げられたニコの妹たちは、悲しそうな表情を浮かべる。ニコにとってアイドルとは、ファンを笑顔にさせる存在。ずっとファンでいてくれた妹たちの笑顔を曇らせてしまうような事実(スクールアイドルをやめたこと)を告げられなかったことは、彼女が挫折を経て、それでもなお、アイドルであろうとした結果だと考えることは出来ないだろうか。

 

花陽「でも、プライド高いだけなのかな」

花陽「アイドルに、凄い憧れてたんじゃないかな。本当に、アイドルでいたかったんだよ。私も……、ずっと憧れていたから、分かるんだ」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 4話「宇宙No.1アイドル」

 

 

 

 また、ニコは人一倍アイドルに対する憧れが強い。それもあって、やはり妹たちの前でだけは、せめて「アイドルでいたかった」という側面も、彼女の嘘には見受けられる。

 

 ただ、妹たちに嘘を吐き続け、同時に穂乃果たちに対しても嘘を吐いていたことに、ニコが後ろめたさを感じていたのも事実だろう。4話の後半で、虎太郎のおもちゃのセンターが、ニコから穂乃果に変わっていたことからも、それは窺える。

 結局、2期4話のラストで穂乃果たちは、そんなニコの嘘を温かく受け容れ、更にその上で彼女がセンターのステージを作り上げることにした。

 

絵里「にこにぴったりの衣装を、私と希で考えてみたの」

希「やっぱりにこっちには可愛い衣装が良く似合う! スーパーアイドル、にこちゃん!」

絵里「今、扉の向こうには! あなた一人だけのライブを心待ちにしている、最高のファンがいるわ!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 4話「宇宙No.1アイドル」

 

 

 

 ニコのためだけに作られた衣装、屋上に用意された特設ステージ。

 

にこ「実はね、スーパーアイドル『にこ』は、今日でおしまいなの」

こころ・ここあ・虎太郎「ええ!」

こころ「アイドル、やめちゃうの?」

にこ「ううん、やめないよ。これからは、ここにいるμ'sのメンバーと、アイドルをやっていくの」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 4話「宇宙No.1アイドル」

 

 

 

 妹たちの前だけではせめて、「スーパーアイドル」でいたかった。そして、嘘を吐き続けてでも、「スーパーアイドル」を貫いた。そんな彼女がセンターの、彼女のためだけのステージ。そこで彼女は誰に向けて歌を歌い、そして誰に向けて踊ったのか。

 

 μ’sが仮に“アイドルグループ”だったとしたら、たった3人の、しかも、ただ一人のメンバーのファンのためだけに向けたステージを、果たして用意することは出来ただろうか。

 

にこ「これからは、もっと新しい自分に変わっていきたい。この9人でいられる時が、一番輝けるの! 一人でいるときよりもずっと、ずっと。今の私の夢は、宇宙No.1アイドルにこちゃんとして、宇宙No.1ユニットμ’sと一緒に、より輝いていくこと! それが、一番大切な夢! 私のやりたいことなの!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 4話「宇宙No.1アイドル」

 

 

 

 “スクールアイドル”だからこそ実現出来たライブを経験し、そして”スクールアイドル”として「やりたいこと」を見つけたその瞬間に、ニコはようやく“スクールアイドル『μ’s』”のメンバーに加わったのである。

 

クールアイドルを選んだアイドル

 2期4話契機にして、ニコの言動は少しずつ変化を見せ始める。例えば、2期9話でライブを控えたニコが、妹たちと会話するシーン。

 

にこ「ありがとー! 絶対、最終予選突破するからね!」

こころ「そうですよね! お姉さまがいてのμ'sですもんね!」

にこ「え?」

ここあ「一緒になったとはいっても、お姉ちゃんがセンターなんでしょ?」

にこ「え、ああ、と、当然でしょ! 私がいないと、μ'sは始まらないんだから!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 9話「心のメロディ」

 

 

 

 ここあの言葉を受けて、一瞬、返事につまるニコ。しかしそののち、虎太郎の作ったベランダに並ぶ雪だるまのμ'sを見て、彼女は自信満々にこう付け加える。

 

にこ「私がセンターで、思いっきり歌うから!」

にこ「だってμ’sは、全員がセンターだから!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 9話「心のメロディ」

 

 

 

 “アイドル”として、センターに対して強いこだわりを抱いていた(1期6話、2期1話など)これまでのニコであったならば、「全員がセンター」なんて言葉は出てこなかったのではないだろうか。このシーンは、μ'sの一員であることをニコが自覚していることを示し、更に、“アイドル”から“スクールアイドル”へ、彼女の思想がシフトし始めたことを物語っている。

 

 それでもニコは、“アイドル”と“スクールアイドル”の間で、未だ揺れ動く。その心情が浮き彫りになったのが、2期11話の解散騒動だ。

 

にこ「続けなさいよ! メンバーの卒業や脱退があっても、名前は変えずに続けていく。それがアイドルよ」

にこ「そうやって名前を残していってもらうほうが、卒業していく私たちだって嬉しいの」

にこ「なに遠慮してるのよ! 続けなさいよ! メンバー全員入れ替わるのならともかく、あなたたち6人は残るんだから!」

 出典:アニメ『ラブライブ! 2nd Season』 11話「私たちが決めたこと」

 

 

 

 この時、穂乃果たちが直面したのは、“3年生の卒業をもってμ'sを解散するか?”という問題だった。

 

 ただ、ニコだけはそれに加えて、別角度からの選択も突き付けられていたのである。それは、≪『μ's』と『μ'sの矢澤にこ』を“スクールアイドル”として終わらせるべきか?(あるいは、“アイドル”としてその両者を続けるべきか?)≫というものだ。

 

 ニコにとってのアイドルグループとは、メンバーの加入脱退に関わらず、「名前は変えずに続けていく」もの。特定のメンバーがグループから抜けたから解散するというのは、ファンを第一に考える“アイドル”の常識からすれば、あり得ないことなのだ。それは裏を返せば、特定のメンバーの脱退で解散するのであれば、ニコにとってμ'sは“アイドルグループ”たりえない……あってはならない、という意味になる。

 

 つまり、≪『μ's』の解散が許されるのは『μ's』が“スクールアイドル”だからこそ≫、ということである。

 

 “アイドル”と“スクールアイドル”の狭間で揺れるニコは、心の内に“μ’sは9人であればこそ”という結論を抱えながら、最後までμ'sの解散に難色を示す。それは、ファンを第一に考える“アイドル”であろうとする信念を貫くニコだからこそ、ぶつかった問題だった。

 

 しかし、穂乃果たちの決意に押され、ニコは最終的にμ'sの解散を受け容れる。

 

 そして、μ'sの解散を受け容れた時こそが、ニコが≪『μ's』の『矢澤にこ』という”アイドル“が”スクールアイドル“であること≫を選んだ瞬間なのであった。

 

いごに

 劇場版でニコが理事長の提案に、すぐに反対の姿勢を示した理由。

 

 それは彼女が、2期11話でμ'sの解散を受け容れると同時に、≪『μ's』の『矢澤にこ』という”アイドル“が”スクールアイドル“であること≫を選んだから、が答えとなる。

 

 劇場版の終盤で、3年生組が希の部屋に集まっている様子が見られるが、そのシーンでニコは終始不満そうな顔を見せる。彼女はやはり、“アイドルであること”への未練を捨て切れてはいなかったのだろう。

 

 それでも、“アイドルであること”を捨て、少なくとも音ノ木坂学院で『μ’s』として活動をしている内は、“スクールアイドルであること”を選んだ。「あの時の決心を簡単には変えられない」という台詞には、ニコの非常に強い意思を感じることが出来る。

 

 徹底的に“アイドルであろうとした”1期と2期。そして、一度は“スクールアイドルであること”を選択した以上、それを貫こうとした劇場版。これこそが正に、ニコの”本当の芯の強さ”を象徴していると言える。

 

 そして、そういった“芯の強さ”に対比されるように、普段のおちゃらけた言動や愛らしいビジュアルとのギャップが、『矢澤にこ』の魅力をより一層輝かせ、彼女のファンを虜にして止まないのだろうと、筆者は考えるのである。

 

 

 

 

 

*1:

 

TIPS:ファンの存在の絶対視

 

 “ファンの存在の絶対視”は、我々が生きるリアルの世界におけるアイドルに求められる考え方に、非常に近しいのではないだろうか。

 

 アイドルは、舞台上ではファンを楽しませるのはもちろんのこと、プライベートですら常にファンの目を意識し、ファンが求める理想の存在でなければならない。

 

 アイドルの語源となる英語の“idol”には、“偶像”という意味がある。実際、その語源が示すとおり、ファンにとってアイドルとは“偶像”であって、また“崇拝”の対象でもある。

 

 ファンは、アイドルを崇拝するが故に、自らの中に“こうあって欲しい”という理想像を作り上げてしまう。一方で、アイドルもファンを笑顔にするため(もちろん、そこには商売的な側面もあるが)に、ファンが作り上げた理想像を守ろうとする。

 

 少し極端な話になってしまうが、一昔前の“アイドルはトイレに行かない”といったイメージあたりは、それを示す最たるものだろう。

 

 以上のことから言えるのは、アイドルが多かれ少なかれ“ファンの求めるアイドルを演じている”ということである。

 

にこ「いい? やると決めた以上、ちゃんと魂込めてアイドルになりきってもらうわよ」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 5話「にこ襲来」

 

 

 

にこ「にっこにっこにー。みんなの元気に、にっこにっこにーの、矢澤にこでーす。え~っと、好きな食べものは……」

にこ「素顔? あぁ、おっけ、おっけー。そっちのパターンね?」

 出典:アニメ『ラブライブ! 1st Season』 6話「センターは誰だ?」

 

 

 

 上記、抜粋したニコの台詞からも分かるとおり、彼女も当然のように、ファンを前にしてアイドルを“演じている”のだ。結局、ニコにとってアイドルは“ファンを笑顔にするために演じる”ものでもあり、アイドル活動の中で“素顔の自分”を出すことは、タブーなのである。